2019年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

ロシア語関連ブログランキング

  • ランキング

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 2018年12月 | トップページ | 2019年2月 »

2019年1月

2019年1月28日 (月)

ブログ村ランキングが変

当ブログの左枠に設置しているランキング欄が変になっています。

当ブログは「ロシア語」分野に登録しているのに、

なぜか「総合ランキング」が表示されるようになりました。

数日前からのようです。

どうしようもないので、そのまま放置しています。

この種の不具合、よくあることなんですかね?

特にランキングに意味を感じているわけではないのですが、

たまに面白いサイトを偶然知ることもあったりするので、

役立つこともあります。


にほんブログ村

2019年1月20日 (日)

百舌鳥・古市古墳群ウォーキング

昨日(1月19日)、好天のもと、

大阪府南部に広がる百舌鳥(もず)・古市(ふるいち)古墳群周辺を歩いて来ました。

・歩いたコース

藤井寺 → 仲哀天皇陵 → 応神天皇陵 → 中津媛陵 → 

道明寺天満宮・道明寺(昼食)

(バス移動)

反正天皇陵 → 堺市市役所 → 仁徳天皇陵 → 大仙公園 → 履中天皇陵

・歩行時間(休憩・移動時間を含む:午前10時~午後4時30分)

・歩数 約2万3千歩

・歩行距離 約14キロ

 藤井寺(葛井寺)

Img_0176

ここから歩き始めます。

参拝している人も多数いました。

 仲哀天皇陵

Img_0182

巨大古墳は大きすぎて、

平地からだとその全貌を眺めることはできません。

 道明寺天満宮

Img_0190

 日露戦役記念碑

Img_0187

なぜか道明寺天満宮に日露戦争記念碑が建っていました。

由来を調べて見る必要がありそうです。

 反正(はんぜい)天皇陵

Img_0195

まわりは閑静な住宅街となっているようでした。

どこの巨大古墳の周囲もそんな感じでしたね。

 堺市役所21階からの眺め

Img_0198

鬱蒼とした森のように見えるところが反正天皇陵です。

その他、多数の古墳を眺めることができます。

 大仙公園内の大仙日本庭園

Img_0202

堺市周辺は千利休のゆかりの地であったり、

古墳群があったりと歴史ある街なんですね。

今回は、山歩きではなく、街歩きでした。

 

歩きながら、気になっていたことがありました。

ロシア語で、

「山歩き」は、горная прогулка

では、

「街歩き」は何というのだろう?

こんな風に思いながら歩いていました。

・「山の」を「街の」に換えて、

городская прогулка

・あるいは、歩く場所をпо+与各で表現して、

прогулка по городу

・街の通りを歩くのだから、

прогулка по улице

・複数の通りを歩くのだから、

прогулка по улицам

このなかで正解なるものはあるのでしょうかね?

歩きながら思いついたものを上に挙げてみました。

ご存じの方、お教えください。


にほんブログ村

2019年1月15日 (火)

「北方領土問題」の原点

いわゆる「北方領土問題」の交渉が難航しているようです。

この問題に関する史実を振り返ります。

東郷和彦さんの解説がとても参考になります。

(以下、日本経済新聞2019年1月15日付け記事より)

 ヤルタ協定(1945年2月、米英ソ間で締結) ・・・これが原点

米国がソ連に対日参戦を要求し、

千島列島がソ連に引き渡されることがこの協定に書かれた。

その結果、ソ連は参戦し、千島列島を占領した。

(もちろん、日本はヤルタ協定の存在すら知らなかった。)

 サンフランシスコ講和条約(1951年締結)

この条約で日本は千島列島を放棄した。

吉田茂首相は、

択捉島と国後島は「千島南部」

色丹島と歯舞群島は「北海道の一部」と言及。

この時点で、

日本は択捉島と国後島は放棄した千島列島に含まれ、

色丹島と歯舞群島は放棄していないと認識していた。

 4島返還に方針転換(1955年以降)

ソ連がサンフランシスコ講和条約に署名しなかったため、

国際法上は北方4島の帰属先も放棄した千島列島の範囲も決まっていなかった。

戦争に関連するすべての問題をソ連との間でやり直す交渉が

1955年以降行われることになった。

1956年に森下国雄外務政務次官が、放棄した千島列島に4島は含まれないと答弁し、

これが政府の公式見解となった。

ソ連側は国後・択捉を領土問題の対象とは認めず、

1956年の日ソ共同宣言には

平和条約締結後の歯舞・色丹の引き渡しのみが規定された。

(主権については記載がない。)

 解決の千載一遇の機会が2度あった

2度とも4島一括ではなく、

国後・択捉と色丹・歯舞を分けて具体的協議にはいろうという案だった。

・1992年(1度目)

ロシア側からの秘密提案で、両政府は明らかにしていないが、

56年宣言に従って、歯舞・色丹の引き渡し協定をまとめるという内容だった。

その後、国後・択捉について協議し、

両方まとまった段階で平和条約を結ぶ案だったが、

日本はこれを受け入れなかった。

・2001年(2度目)

イルクーツクで森喜朗首相がプーチン大統領に提示。

これも、歯舞・色丹の引き渡しと国後・択捉の問題を分けて

同時並行で議論する案だった。

日本側はこの議論を有効に進めることに失敗。

 安倍首相の今回の交渉

「2島+α」か? それともゼロか?

この2つの選択肢を迫られている。

「2島+α」

歯舞・色丹の引き渡し+国後・択捉での共同経済活動

ゼロ

交渉決裂で日本人が島に行けなくなる可能性を含めたゼロ

 東郷さんの結論

まず、国後・択捉と歯舞・色丹の間に国境を確定し、平和条約を結ぶ。

その後、歯舞・色丹の引き渡し協定を結ぶ。

これが残された道だといいます。

実際は、私にはこれすら夢物語のように思えてきます。

何事もそうでしょうが、

一度チャンスを逃せば、彼我の条件も違ってくるので、

同じゲームをもう一度というわけにはいかないと思います。


にほんブログ村

2019年1月 9日 (水)

ロシアのお土産「赤い10月」チョコ

知り合いの方がロシア旅行に行っていました。

そのお土産にチョコレートを頂きました。

Img_0174

この顔、どこかで見たことがあります。

ロシアのお土産の定番チョコレートですね。

「赤い10月」(Красный Октябрь)という会社が作っています。

アリョンカ(Алёнка)という銘柄のようです。

アリョンカはこの女の子の名前だと思います。

そして、ラベルには、

печенье для школьного питания

とあります。

これは

「学校給食用のクッキー」ということですね。

これが、土産物として売られているようです。

ちなみに、

「赤い10月」とあるぐらいだから、ソ連時代からの会社なんでしょうね。

1917年の10月革命にその名が由来するのでしょう。

10月革命、ソ連時代における正式名称は

Великая Октябрьская социалистическая революция

「大10月社会主義革命」でしたね。

歴史そのものは今や遙かに遠い昔話となっていますが、

チョコレートの名前としては立派に現存しているようです。

懐かしく感じられますね。

これも、

ソビエト・ノスタルジーの一種でしょうかね(笑)?

こんなのを見ているうちに

またロシアに行ってみたくなりました。

ちなみに、3月に計画している旅行はロシアではなく、

暖かいところです。


にほんブログ村

2019年1月 6日 (日)

初登山 初詣

昨日(1月5日)、初登山と初詣に行ってきました。

行き先は、

鷲ヶ頭山(わしがとうざん)と大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)。

愛媛県今治市にあります。

今治市といっても、四国本土にあるのではなく、

瀬戸内海しまなみ海道の大三島にある神社と神体山です。

鷲ヶ頭山(わしがとうざん)は大三島の最高峰の山で、

大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)の神体山となっています。

 (写真)大山祇神社駐車場から安神山、鷲ヶ頭山を眺める

Img_0173

右側手前の山が安神山(あんじんさん:標高267メートル)

左手奥に鷲ヶ頭山(標高436メートル)が見えています。

神社境内横から安神山→鷲ヶ頭山を往復します。

歩行時間約3時間、歩数1万5千歩のコースです。

 (写真)大山祇神社境内の横から出発

Img_0170

参拝を済ませて、

境内横の小川に沿った道から山登りに出発します。

神社ではまだ初詣の人でかなり賑わっていました。

 (写真)安神山への途中からの眺め

Img_0161

この後、安神山を通過し、あの突き立った岩場を乗り越え、

鉄塔のある鷲ヶ頭山を目指します。

 (写真)鷲ヶ頭山頂上からの眺め

Img_0165

標高は436メートルと低いのですが、

瀬戸内海の島々を360度見渡すことができます。

あいにくの曇り空でしたが、

やはり、山登りの後の眺望のすばらしさには癒やされます。

 (写真)無事、帰着

Img_0172

大山祇神社に無事帰着しました。

この後、多々良温泉しまなみの湯に入ることにしていましたが、

西日本豪雨の被害を受け、休業中となっていました。

そこで、マーレ・グラッシア大三島に入浴し、

登山の疲れを癒やしてきました。

初登山、初詣、良かったです。

 ロシア語で一言

今年になって初めての山歩きを楽しみました。

Я насладился горной прогулкой впервые в этом году.


にほんブログ村

« 2018年12月 | トップページ | 2019年2月 »