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2025年12月16日 (火)

関東地方の城郭巡り 佐倉城から江戸城まで

12月12日(金)~14日(日)に関東地方の城郭巡りに行ってきました。

最近は、折に触れ、

日本100名城のスタンプラリーをやったりしてます。

今回は関東地方まで足を延ばし、あわせて6つの城郭をめぐってきました。

 

今回行ったところ

佐倉城(千葉県)、水戸城(茨城県)、川越城・鉢形城(埼玉県)、八王子城・江戸城(東京都)

 

12月12日

新神戸駅9:43発 → 東京駅12:24着 各地から合流し、専任ガイドの元、ツアー開始

 

東京に向かう途中、きれいに富士山が見えた

新幹線に乗るのも久しぶり、ちょっと感動した。

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佐倉城 馬出空堀

Img_1711

佐倉城は千葉県で唯一「日本100名城」に認定されている。

ただ、城址だけが残されていて、城といった感じがしない。

城址公園のすぐ隣に「国立歴史民俗博物館」がある。

 

夕食中に震度3の地震があったけど、地元の従業員は気にも留めない。

この程度はよくあるとのこと

 

ホテル泊

 

12月13日

水戸城 → 川越城 → 鉢形城

 

水戸城大手門

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弘道館(水戸藩の藩校)

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水戸城周辺は現在では文教地区になっているようで、賢そうな高校生などが行きかっていた。

 

この後、川越城と鉢形城を訪れた。

 

ホテル泊

 

12月14日

八王子城 → 江戸城

 

江戸城富士見櫓

Img_1733

 

この日は朝から冷たい雨が降っていた。

そのため、山頂にある八王子城の天守台までは行けなかった。

御殿跡とガイドセンターを見学、心霊スポットと呼ばれる滝にも行った。

 

雨は午後からの江戸城あたりで止んできた。

 

東京駅16:12発 → 新神戸駅18:53着

 

100名城の城郭巡り、まだ始まったばかりだが、機会を見つけて続けてみようと思ってる。

のんびり、気分転換にもよさそうだ。

 

 

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2025年11月25日 (火)

備中松山城と岡山城に行ってきた。

2025年11月24日(月)、名城巡りのツアーに参加してきました。

訪れた城は岡山県にある二つの城。

備中松山城と岡山城

 

備中松山城

現存天守12城のひとつ 山城としては、天守が現存する唯一の城。

臥牛山(がぎゅうざん)のひとつ、小松山(こまつやま)の頂上(標高430メートル)に築かれている。

 

麓にバスを止めて、ここで別のバスに乗り換え、山の中腹まで行く。

そこからは歩くしかない。城まではゆっくりと徒歩で30分ほど。

 

石垣は自然の岩を利用して作られている。

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小さめの天守

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天守1階には囲炉裏があるのが特色。火事の心配もしなかったようだ。

 

天守からの眺め

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岡山城

備中松山城から1時間ほどバスで走り、岡山城へ。

岡山城に行く前に昼食をとった。こちらのほうが豪華絢爛。

 

形が独特 五角形

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天守の石垣が不等辺五角形をしている。

地形に合わせたためといわれている。

 

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天守からは旭川を眺めることができる。

 

天気も晴れ時々曇りといった感じで、ゆったりした一日でした。

最近は、名城巡りもやってます。

次の予定もあったりします。

名城巡りも気分転換にはいいですね。

100名城スタンプラリーもやってるので、スタンプが二つ増えました。

子どもの頃のラジオ体操スタンプのようで面白い(笑)!

 

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2025年11月10日 (月)

春日大社 大安寺 元石清水八幡宮

2025年11月8日(土)、春日大社、大安寺、元岩清水八幡宮を訪れました。

 

春日大社は、本殿、若宮十五社、水谷九社、国宝殿 とぐるり一周した感じです。

 

本殿入り口

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本殿をとり囲む回廊

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阿倍仲麻呂の句

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大安寺 (南都七大寺のひとつ)

今でこそ小さなお寺となっているが、最盛期には現在の25倍の広さがあったとか。

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東大寺大仏開眼供養を行ったインドの僧菩提センナや林邑楽を伝えたベトナム僧仏哲もここで修業したとか。

空海や最長もここで過ごした時期があったようだ。

 

大安寺のミルク塚

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現在は、癌封じの寺として有名らしい。

胸を模した石像があり、美流孔塚(ミルクヅカ)と呼ばれている。

乳がん治癒の記念塚だとか。

 

元岩清水八幡宮

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大安寺のすぐ近くに元岩清水八幡宮はある。

もともとは大安寺の境内にあったそうだ。

神仏習合の最も古い事例だとされる。

 

大安寺から元岩清水八幡宮、そしてまっすぐ進むと、塔の跡が残っている原っぱに到着。

東塔と西塔の巨大な跡を見ることができる。

 

奈良シリーズ6回目が終了した。

南都7大寺をすべて回ったことになる。

 

ちなみに、図らずも、南都7大寺の覚え方を知った。

「東大がやっぱり最高峰」

東大寺、大安寺、元興寺、薬師寺、西大寺、興福寺、法隆寺

トウ、 ダイ、  ガ、  ヤッパリ、サイ、 コウ、  ホウ

 

東大卒の案内人は博学だけでなく、威張らず、面白みもあり、話は興味深かった。

日本史と世界史の関連などを聞きながら、奈良の歴史探訪ができた。

 

次回シリーズを期待したいものです。

 

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2025年10月19日 (日)

法隆寺、法輪寺、法起寺 まとめて斑鳩三塔

10月18日(土)奈良の遺跡巡りに行ってきました。

 

今回は、法隆寺 法輪寺 三井岡原古墳 法起寺 を訪れました。

このうち、

法隆寺五重塔、法輪寺三重塔、法起寺三重塔を合わせて斑鳩三塔と呼ばれています。

 

1 法隆寺

推古天皇や聖徳太子によって創建 世界最古の木造建築

西院伽藍 (中門 金堂 五重塔)

 

中門のエンタシスの柱

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エンタシスはギリシアの影響というが、中央アジアや中国、朝鮮にはなぜか見られないという。

その点は、ちょっと不思議。

 

五重塔

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この後、東院伽藍も訪れました。

 

法隆寺関連の最新ニュース(2025年10月3日付朝日新聞)

法隆寺金堂の本尊である釈迦三尊像の台座の「蓮弁(れんべん)」が見つかったとのニュースがありました。

釈迦三尊像は飛鳥時代の仏師・鞍作止利(くらつくりのとり)が聖徳太子の弔いのため623年に完成させたもので、日本への仏教伝来にまつわる最も重要な仏像の一つとして知られる。中央の釈迦如来、左右の脇侍(わきじ)菩薩立像からなり、今回見つかった蓮弁はどちらかの脇侍の台座にあったとみられる。(10月3日付朝日新聞)

 

2 法輪寺

一説によれば、聖徳太子が病気になったとき、太子の子ども・山背大兄王(やましろのおおえのおう)が太子のご病気平癒を願って建立されたとされます。

本尊は薬師如来坐像

 

三重塔 日本最古の三重塔だったそうです。

しかし、1944年に落雷により、焼失しました。

今、目にしているのは、1975年にできた真新しい塔です。

Img_1628

 

3 三井岡原古墳

法輪寺と法起寺の中間地点にあります。

聖徳太子の子、山背大兄王の墓とされる場合があります。

しかし、築造時期(5世紀)から考えて、そうではないことが確実視されています。

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(伝)と記されています。

 

4 法起寺

山背大兄王(やましろのおおえのおう)が創建。

聖徳太子が法華経を講説されたという岡本宮を寺に改めたものとされる。

聖徳太子建立七ヵ寺の一つにされている。

七ヵ寺には、法隆寺、四天王寺、中宮寺、法起寺などがある

三重塔

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近くのコスモス畑から法起寺三重塔を眺める。満開に近いようだ。

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この日は最初曇り空だったが、だんだんと晴れてきた。

青空の元、三重塔が見えてよかった。

今回は、聖徳太子にまつわる三ケ寺と一つの古墳を訪れました。

伽藍配置の変化や世界史との関連など、詳しい説明をされるガイド付きの奈良ツアー、

次回が最終回となる予定です。

 

 

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2025年10月 1日 (水)

奈良の遺跡巡り 佐紀高塚古墳~西大寺

9月28日(日)、奈良の遺跡巡りに行ってきました。

5つの遺跡をガイド付きでの見学です。

 

佐紀高塚古墳 西隆寺跡 平城宮跡 平城天皇陵 西大寺

 

1 佐紀高塚古墳 

称徳天皇陵とされています。

実際の埋葬者は不明のようですが。

というのも、称徳天皇は、聖武天皇の娘で8世紀半ばの人です。

しかし、この古墳は4世紀にできた前方後円墳です。

時代が合いません。

古墳をめぐっては、ここだけでなく、真偽を確かめるのは難しそうですね。

ただ、この近辺は称徳天皇関連の遺跡がほかにもあります。

 

佐紀高塚古墳

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2 西隆寺跡

称徳天皇がつくった尼寺ですが、今は、痕跡しか残っていません。

それは、「ならファミリー」というデパート周辺に散らばっています。

広大な敷地があったことを物語っています。

また、デパート内の一階の床にも痕跡が記されていますが、

ガイド付きでなければ、発見は難しいと思います。

 

西隆寺跡の案内図 ~ 「ならファミリー」の建物にある案内図

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この近くには、安倍首相が銃殺された現場もあります。

現在は、花壇になっているようです。

 

安倍首相銃殺現場、今は花壇になっている

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3 平城宮第一次大極殿

平城京造営当初から恭仁京へ移転するまでの大極殿

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4 平城天皇陵

第一次大極殿から徒歩10分ほどのところにあるので、ついでに立ち寄った感じ。

平城天皇は9世紀平安時代初期の天皇なので、

5世紀に造られたとされる古墳の年代とは矛盾します。

それでもここが平城天皇陵とされているようです。

 

5 西大寺 

称徳天皇が建てる。

東大寺に対する西大寺

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今回は、称徳天皇関連の遺跡を訪れました。

奈良時代は4代の女帝が存在しているようです。

元明天皇(707~715)

元正天皇(715~724)

孝謙天皇(749~758)(重祚して称徳天皇)

称徳天皇(764~770)

 

日本には推古天皇をはじめとして8人10代の女性天皇がいたようです。

そのうちの6人8代の女性天皇は飛鳥時代と奈良時代にいました。

天皇は男性であるべきというのは、日本古来の伝統とは言えないようです。

 

ともかく、今回の遺跡巡りでは奈良時代と女帝について思いを巡らせる旅となりました。

 

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2025年6月29日 (日)

名古屋城、犬山城、岐阜城、安土城 名城巡り

2025年6月26日(木)~27日(金)、一泊二日で100名城を巡るツアーに参加しました。

 

26日(木)

名古屋城

1615年、徳川家康が築城

1945年の空襲で天守閣や本丸御殿が消失。

その後再建。

天守閣は現在、閉館中。金のシャチは日よけのまじないだとか。

本丸御殿を見学。障壁画で飾られた各部屋を順路に従って歩いていく。

天守に登れないのは残念。

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犬山城

1537年創建の現存する日本最古の木造天守。

眼下に木曽川の流れを眺めることができる。

天守閣の外に突き出した傾いた回廊を一周するのは少し恐ろしい。

でも、やはり、天守には登れるのが良い。

 

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犬山城天守からの眺め(木曽川)

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27日(金)

岐阜城

金華山ロープウェイであがる。

斎藤道三の居城でもあった稲葉山城が織田信長の手に落ちたのが、1567年。岐阜城となる。

天守閣に登れる。天守閣の上の外回廊は柵もあり、安心。

 

岐阜城天守からの眺め(長良川)

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安土城

城は残っていない。

城跡の見学ができる。

400段の階段を上っていく。

織田信長がつくった、日本で初めて石垣の上に天守がのる城となる。

本能寺の変の後、消失。

消失にかんしては、さまざまな説があるようだ。

 

来年は安土城築城450周年のようだ。(1576年築城)

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安土城跡に行くには、およそ400段の階段を上らなければならない。

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信長の館 

安土城跡から車で5分ほどのところにある。

安土城天守の5階,6階部分が原寸大で復元されている。

館内見学の後、20分ほどのVR映像観賞

 

今回訪れた4つの城は、日本100名城のリストに入っていて、スタンプ・ラリーができる。

私も押してきました。

 

スタンプラリーをし始めると、次も行かなきゃ、といった気持にもなりやすい。

日本城郭協会もなかなか商売が上手です(笑)。

 

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2025年6月22日 (日)

薬師寺、元興寺、興福寺 奈良のお寺巡り3回目

2025年6月21日(土)、お寺巡りツアーに参加しました。

薬師寺、元興寺、興福寺の3寺を訪れました。

 

薬師寺(法相宗)

680年、天武天皇により発願され、

697年、持統天皇により、本尊開眼され、藤原京にて完成。

718年、平城京に移転される(移転説) 新たに造ったという非移転説もある。

休ゲ丘八幡宮から南門を通り、中門を抜ける。

東塔は創建時から残る唯一の建物 6重に見えるが、三重塔

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金堂で薬師三尊像(中央の薬師如来、右の日光菩薩、左の月光菩薩)≪撮影禁止≫

大講堂で日本最古の仏足石、575777の仏足石歌碑、釈迦十大弟子

東院堂で聖観世音菩薩像

境内を歩き、「薬師寺式伽藍配置」を実感

 

元興寺(がんごうじ) 蘇我氏がつくった日本最初の本格的伽藍

日本への仏教伝来 

538年説 日本書紀説

552年説 元興寺縁起説

仏教需要を巡る争い 蘇我氏(仏教受容派) 対 物部氏(仏教排斥派)

587年 蘇我馬子・厩戸王(聖徳太子)が物部守屋を破り、日本は仏教受容へ。

その翌年、588年 元興寺の前身(法興寺=飛鳥寺)の創建 日本最初の瓦で建設される。

718年 平城京遷都に伴い、法興寺も移転され、元興寺となる

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後に空海弘法大師もここで修行 そのため、空海座像も見かけた。

 

興福寺(法相宗) 藤原氏の氏寺

710年 藤原不比等が中金堂

813年 南円堂(西国33か所の9番札所にもなっている) 藤原冬嗣が開基

 

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また、興福寺はかつては広大な境内をもち、

現在の奈良公園も興福寺の境内だったとのこと。

国宝館にもはいる 阿修羅像など見る

 

ガイド付きのお寺巡りはとても興味深い。

今回のお寺巡りでは、仏教受容後の100年あまりの様子について体験した。

この時代は、豪族の蘇我氏や天皇家や藤原氏など支配層のものだったようだ。

一般庶民への広がりは、空海、最澄らを経て鎌倉仏教の登場を待たなければならないみたい。

ともかく、このように、奈良は日本における仏教文化発祥の地。

 

次回の展開を期待しておこう!

 

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2025年6月 2日 (月)

和歌山 友ヶ島でハイキング

先日、(2025年5月26日)、和歌山県の友ヶ島(ともがしま)に行ってきました。

和歌山と淡路島の間を通る紀淡海峡に位置している無人島です。

 

前日(5月25日)には高野山の奥の院、金剛峯寺、壇上伽藍を訪れています。

この日、和歌山市内のビジネスホテルに宿泊し、翌日、友ヶ島に小さな船で渡りました。

往復で2500円です。

1日に4往復しか出ていないようです。

あいにく、前日は風が強かったらしく、欠航していたようです。

この日は無事に出航できました。

 

和歌山市の加太港から友ガ島までわずか30分ほどの航行ですが、

100人乗り程度の小さな船なので、少し揺れます。

砲台跡や東経135度の子午線最南端の地など3時間ほど歩きました。

友ガ島は一番高いところでも標高120メートルほどですが、

80歳の元気な案内人の先導で歩いていきます。

 

(加太港から友ガ島に向かう船上から)

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(第3砲台跡)

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(第3砲台跡)

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(子午線広場の子午線塔 135度の線を通る日本最南端の場所)

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砲台は明治時代に建造され、約600人の兵士が駐屯していた時代があったようです。

友ガ島は大阪湾を守る要衝であったからです。

第二次世界大戦でも大阪湾守備隊として、期待されていたようですが、

実際に役に立ったことはなかったみたいです。

現在は、観光客向けのハイキングコースとなっています。

 

友ヶ島という名前の島はありません。

点在する4つ島(沖ノ島、神島、虎島、地ノ島)の総称として友ヶ島と命名されています。

和歌山市加太港から沖ノ島の野奈浦桟橋まで友ヶ島汽船で約30分で行けます。

 

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2025年5月19日 (月)

新薬師寺、唐招提寺、霊山寺 奈良のお寺巡り②

昨日(2025年5月18日)、奈良のお寺巡り(2回目)に行ってきました。

訪れたお寺は、新薬師寺、唐招提寺、霊山寺

いずれも初めてのお寺でした。

 

新薬師寺

747年創建

民家の間の細い道を500mほど歩いていく。

光明皇后が聖武天皇の病気平癒を願って建てられる。

創建当初の建物として本堂が今に残る。

本堂の中でこの寺の僧侶からお寺の来歴などの説明を受ける貴重な機会を得た。

本堂内は写真撮影禁止は残念だった。

前回行った喜光寺なんかは「どんどん撮って、SNSで広めてください」と言っていたが、

お寺によって考え方が違うようですね。

写真禁止と言われると、

本堂内の薬師如来像とそれを取り囲む12神像がより値打ちあるもののように思えてくる。

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(この本堂内で僧侶よりお話を聞いた)

 

唐招提寺

759年創建

唐の高僧鑑真が、聖武天皇から新田部親王(天武天皇の皇子)の旧邸を賜り、創建。

ここも金堂内部の写真撮影は禁止だった。これまでにできたお寺は官寺であったが、

唐招提寺は初めての鑑真和尚発願の私寺

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(中国からの観光客にも多く出会った)

 

 

霊山寺

736年創建

インドからやってきた菩提僊那(ぼだいせんな)により命名される。

この地が釈迦の聖地、霊鷲山(りょうじゅせん)の地形に似ていることから

霊山寺となったという。

菩提僊那の墓も境内の奥まったところにある。

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(菩提僊那の墓  ここまで行く人は少ないと思われる)

 

霊山寺はバラ園があるので、有名、

いままさに真っ盛りであった。

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(霊山寺のバラ園)

 

東大大学院卒という方の案内は、さすが、です。

私が一番印象に残ったのは、仏像とキリスト教の聖像をめぐる対比でした。

キリスト教世界では、726年のビザンツ皇帝による聖像禁止令で

聖像礼拝が禁止される時代が始まりました。

ちょうどそのころ、聖武天皇の時代、日本では仏像がつくられ始めます。

たまたま東西で仏像(聖像)をめぐる違った動きがあったようです。

両者はお互いになんの関係もありませんでしたが、

偶然にも反対の動きがあったことは面白いですね。

 

その他、物語風に歴史を語る作法は素晴らしいと思いました。

次回も参加したいと思いました。

 

 

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2025年4月12日 (土)

東大寺、喜光寺、法華寺  奈良のお寺巡り①

奈良のお寺を巡るツアーに行ってきました。4月6日(日)。

東京大学大学院卒の解説者付きという日帰りツアーで

大人の遠足といった感じです。

 

まず、東大寺

大仏殿、八角灯篭、アショカ・ピラー、二月堂、良弁杉、

解説付きで回るのもまた面白いです。

東大寺は何十年ぶりでしょう、大仏殿だけは記憶にありましたが、

そのほかのところは初めて行ったようなものです。

 

次は、喜光寺

この存在は今回、初めて知りました。

行基によって創建され、行基が亡くなった寺。

東大寺に比べれば、小さな寺ですが、

行基は四国88か所のお寺とも関係が深いので、感じるものが多くありました。

マイナーな寺なので、どんどん写真を撮ってSNSなんかで広めてください、とのこと。

珍しいお寺です(笑い)

 

最後に、法華寺

聖武天皇の皇后、光明皇后の発願で総国分尼寺として建てられる。

池泉回遊式の庭園も春の特別公開されていて、散策。

光明皇后の父、藤原不比等の邸宅跡に建てられたとか。

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解説者からの質問を受けながら、(私たちのレベルを探られながら)

ゆっくり散策します。

謎解きみたいな感じで面白かった。

この企画はシリーズのようなので、次回も参加したいと思いました。

 

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