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2025年6月29日 (日)

名古屋城、犬山城、岐阜城、安土城 名城巡り

2025年6月26日(木)~27日(金)、一泊二日で100名城を巡るツアーに参加しました。

 

26日(木)

名古屋城

1615年、徳川家康が築城

1945年の空襲で天守閣や本丸御殿が消失。

その後再建。

天守閣は現在、閉館中。金のシャチは日よけのまじないだとか。

本丸御殿を見学。障壁画で飾られた各部屋を順路に従って歩いていく。

天守に登れないのは残念。

Img_1542

  

犬山城

1537年創建の現存する日本最古の木造天守。

眼下に木曽川の流れを眺めることができる。

天守閣の外に突き出した傾いた回廊を一周するのは少し恐ろしい。

でも、やはり、天守には登れるのが良い。

 

Img_1556

 

犬山城天守からの眺め(木曽川)

Img_1551_20250629203701

 

 

27日(金)

岐阜城

金華山ロープウェイであがる。

斎藤道三の居城でもあった稲葉山城が織田信長の手に落ちたのが、1567年。岐阜城となる。

天守閣に登れる。天守閣の上の外回廊は柵もあり、安心。

 

岐阜城天守からの眺め(長良川)

Img_1563

 

安土城

城は残っていない。

城跡の見学ができる。

400段の階段を上っていく。

織田信長がつくった、日本で初めて石垣の上に天守がのる城となる。

本能寺の変の後、消失。

消失にかんしては、さまざまな説があるようだ。

 

来年は安土城築城450周年のようだ。(1576年築城)

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安土城跡に行くには、およそ400段の階段を上らなければならない。

Img_1569

 

信長の館 

安土城跡から車で5分ほどのところにある。

安土城天守の5階,6階部分が原寸大で復元されている。

館内見学の後、20分ほどのVR映像観賞

 

今回訪れた4つの城は、日本100名城のリストに入っていて、スタンプ・ラリーができる。

私も押してきました。

 

スタンプラリーをし始めると、次も行かなきゃ、といった気持にもなりやすい。

日本城郭協会もなかなか商売が上手です(笑)。

 

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2025年6月22日 (日)

薬師寺、元興寺、興福寺 奈良のお寺巡り3回目

2025年6月21日(土)、お寺巡りツアーに参加しました。

薬師寺、元興寺、興福寺の3寺を訪れました。

 

薬師寺(法相宗)

680年、天武天皇により発願され、

697年、持統天皇により、本尊開眼され、藤原京にて完成。

718年、平城京に移転される(移転説) 新たに造ったという非移転説もある。

休ゲ丘八幡宮から南門を通り、中門を抜ける。

東塔は創建時から残る唯一の建物 6重に見えるが、三重塔

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金堂で薬師三尊像(中央の薬師如来、右の日光菩薩、左の月光菩薩)≪撮影禁止≫

大講堂で日本最古の仏足石、575777の仏足石歌碑、釈迦十大弟子

東院堂で聖観世音菩薩像

境内を歩き、「薬師寺式伽藍配置」を実感

 

元興寺(がんごうじ) 蘇我氏がつくった日本最初の本格的伽藍

日本への仏教伝来 

538年説 日本書紀説

552年説 元興寺縁起説

仏教需要を巡る争い 蘇我氏(仏教受容派) 対 物部氏(仏教排斥派)

587年 蘇我馬子・厩戸王(聖徳太子)が物部守屋を破り、日本は仏教受容へ。

その翌年、588年 元興寺の前身(法興寺=飛鳥寺)の創建 日本最初の瓦で建設される。

718年 平城京遷都に伴い、法興寺も移転され、元興寺となる

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後に空海弘法大師もここで修行 そのため、空海座像も見かけた。

 

興福寺(法相宗) 藤原氏の氏寺

710年 藤原不比等が中金堂

813年 南円堂(西国33か所の9番札所にもなっている) 藤原冬嗣が開基

 

Img_1536

 

また、興福寺はかつては広大な境内をもち、

現在の奈良公園も興福寺の境内だったとのこと。

国宝館にもはいる 阿修羅像など見る

 

ガイド付きのお寺巡りはとても興味深い。

今回のお寺巡りでは、仏教受容後の100年あまりの様子について体験した。

この時代は、豪族の蘇我氏や天皇家や藤原氏など支配層のものだったようだ。

一般庶民への広がりは、空海、最澄らを経て鎌倉仏教の登場を待たなければならないみたい。

ともかく、このように、奈良は日本における仏教文化発祥の地。

 

次回の展開を期待しておこう!

 

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2025年6月 2日 (月)

和歌山 友ヶ島でハイキング

先日、(2025年5月26日)、和歌山県の友ヶ島(ともがしま)に行ってきました。

和歌山と淡路島の間を通る紀淡海峡に位置している無人島です。

 

前日(5月25日)には高野山の奥の院、金剛峯寺、壇上伽藍を訪れています。

この日、和歌山市内のビジネスホテルに宿泊し、翌日、友ヶ島に小さな船で渡りました。

往復で2500円です。

1日に4往復しか出ていないようです。

あいにく、前日は風が強かったらしく、欠航していたようです。

この日は無事に出航できました。

 

和歌山市の加太港から友ガ島までわずか30分ほどの航行ですが、

100人乗り程度の小さな船なので、少し揺れます。

砲台跡や東経135度の子午線最南端の地など3時間ほど歩きました。

友ガ島は一番高いところでも標高120メートルほどですが、

80歳の元気な案内人の先導で歩いていきます。

 

(加太港から友ガ島に向かう船上から)

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(第3砲台跡)

Img_1516

 

 

(第3砲台跡)

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(子午線広場の子午線塔 135度の線を通る日本最南端の場所)

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砲台は明治時代に建造され、約600人の兵士が駐屯していた時代があったようです。

友ガ島は大阪湾を守る要衝であったからです。

第二次世界大戦でも大阪湾守備隊として、期待されていたようですが、

実際に役に立ったことはなかったみたいです。

現在は、観光客向けのハイキングコースとなっています。

 

友ヶ島という名前の島はありません。

点在する4つ島(沖ノ島、神島、虎島、地ノ島)の総称として友ヶ島と命名されています。

和歌山市加太港から沖ノ島の野奈浦桟橋まで友ヶ島汽船で約30分で行けます。

 

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2025年5月19日 (月)

新薬師寺、唐招提寺、霊山寺 奈良のお寺巡り②

昨日(2025年5月18日)、奈良のお寺巡り(2回目)に行ってきました。

訪れたお寺は、新薬師寺、唐招提寺、霊山寺

いずれも初めてのお寺でした。

 

新薬師寺

747年創建

民家の間の細い道を500mほど歩いていく。

光明皇后が聖武天皇の病気平癒を願って建てられる。

創建当初の建物として本堂が今に残る。

本堂の中でこの寺の僧侶からお寺の来歴などの説明を受ける貴重な機会を得た。

本堂内は写真撮影禁止は残念だった。

前回行った喜光寺なんかは「どんどん撮って、SNSで広めてください」と言っていたが、

お寺によって考え方が違うようですね。

写真禁止と言われると、

本堂内の薬師如来像とそれを取り囲む12神像がより値打ちあるもののように思えてくる。

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(この本堂内で僧侶よりお話を聞いた)

 

唐招提寺

759年創建

唐の高僧鑑真が、聖武天皇から新田部親王(天武天皇の皇子)の旧邸を賜り、創建。

ここも金堂内部の写真撮影は禁止だった。これまでにできたお寺は官寺であったが、

唐招提寺は初めての鑑真和尚発願の私寺

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(中国からの観光客にも多く出会った)

 

 

霊山寺

736年創建

インドからやってきた菩提僊那(ぼだいせんな)により命名される。

この地が釈迦の聖地、霊鷲山(りょうじゅせん)の地形に似ていることから

霊山寺となったという。

菩提僊那の墓も境内の奥まったところにある。

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(菩提僊那の墓  ここまで行く人は少ないと思われる)

 

霊山寺はバラ園があるので、有名、

いままさに真っ盛りであった。

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(霊山寺のバラ園)

 

東大大学院卒という方の案内は、さすが、です。

私が一番印象に残ったのは、仏像とキリスト教の聖像をめぐる対比でした。

キリスト教世界では、726年のビザンツ皇帝による聖像禁止令で

聖像礼拝が禁止される時代が始まりました。

ちょうどそのころ、聖武天皇の時代、日本では仏像がつくられ始めます。

たまたま東西で仏像(聖像)をめぐる違った動きがあったようです。

両者はお互いになんの関係もありませんでしたが、

偶然にも反対の動きがあったことは面白いですね。

 

その他、物語風に歴史を語る作法は素晴らしいと思いました。

次回も参加したいと思いました。

 

 

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2025年4月12日 (土)

東大寺、喜光寺、法華寺  奈良のお寺巡り①

奈良のお寺を巡るツアーに行ってきました。4月6日(日)。

東京大学大学院卒の解説者付きという日帰りツアーで

大人の遠足といった感じです。

 

まず、東大寺

大仏殿、八角灯篭、アショカ・ピラー、二月堂、良弁杉、

解説付きで回るのもまた面白いです。

東大寺は何十年ぶりでしょう、大仏殿だけは記憶にありましたが、

そのほかのところは初めて行ったようなものです。

 

次は、喜光寺

この存在は今回、初めて知りました。

行基によって創建され、行基が亡くなった寺。

東大寺に比べれば、小さな寺ですが、

行基は四国88か所のお寺とも関係が深いので、感じるものが多くありました。

マイナーな寺なので、どんどん写真を撮ってSNSなんかで広めてください、とのこと。

珍しいお寺です(笑い)

 

最後に、法華寺

聖武天皇の皇后、光明皇后の発願で総国分尼寺として建てられる。

池泉回遊式の庭園も春の特別公開されていて、散策。

光明皇后の父、藤原不比等の邸宅跡に建てられたとか。

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解説者からの質問を受けながら、(私たちのレベルを探られながら)

ゆっくり散策します。

謎解きみたいな感じで面白かった。

この企画はシリーズのようなので、次回も参加したいと思いました。

 

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2024年9月13日 (金)

日本~カザフスタンの直行便就航

どこか旅行に行きたいなあ、と思って

ネットサーフィン(いまどきこんな言い方するのかな?)してると、

こんな記事を見つけました。

 

Казахстан и Япония планируют уже через два года открыть прямое авиасообщение между двумя странами – это вызвано ростом торгово-экономического сотрудничества и туризма между Астаной и Токио.

出典:Астану и Токио свяжут прямые авираейсы | Вестник Кавказа (vestikavkaza.ru)

カザフスタンと日本は2年後の二国間直行便の開設を計画中。これはアスタナと東京の貿易・経済協力および観光業の成長によってもたらされた。

 

私はアシアナ航空でソウル乗り継ぎでカザフスタンとキルギスを訪れたことがあります。

そのときの旅行記は こちら カザフスタン・キルギス旅行記(2012年) (coocan.jp)

広々した草原と旧ソ連の名残を感じられる面白い場所だと思います。

直行便ができると、訪れる人も増えるでしょうね。

私が訪れたのは、もう12年も前のことだったようです。

そのとき、首都アスタナは訪れていないので、

直行便就航なら、行ってみたいですね。

 

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2020年1月27日 (月)

ウラジオストクの歴史

NHKのロシア語ラジオ講座の入門編でもウラジオストクがその舞台になっています。

今月号(2020年1月号)で知ったことをまとめてみました。

💢 ウラジオストクの始まり

Владивосток(ウラジオストク)という単語は二つの部分に分解できます。

влади と восток です。

влади は владеть(支配する、所有するの意味)の命令形で、「支配せよ!」の意味

восток は 「東」の意味。

したがって、

Владивосток は「東方を支配せよ」という意味になります。

実際、ウラジオストクの町の歴史は1860年に始まります。

ロシア海軍の輸送船が金閣湾に接岸して、水兵たちが集落を築いたのがその始まりです。

ところで、

支配するという意味がある「ウラジ」のつく都市がロシアにはもう一か所あります。

それが、「ウラジカフカス」

これは現在、ロシア連邦内の北オセチア・アラニア共和国の首都となっています。

こちらも19世紀にはロシア領となっているようです。

「ウラジ」はロシア帝国拡張の歴史とつながっているようですね。

さて、

1860年にできたウラジオストクですが、

1871年にはここがロシア艦隊の拠点となります。

同年、ウラジオストクと長崎の間に海底電線が敷かれました。

現在ではウラジオストク港は冬でも凍結しませんが、当時は凍結していました。

そこで、長崎がロシア艦隊の越冬地となりました。

多くのお金を落としてくれるロシア艦隊に対しては長崎の住民たちは好意的だったようです。

現在でも長崎港の対岸の稲佐村にはロシアの史跡が残っているようです。

1876年 ウラジオストクに日本貿易事務館が創設されます。

1891年 シベリア鉄道の建設が始まる。(全線開通は日露戦争中の1904年)

1899年 東洋学院が創立されます。(これが現在の極東連邦大学の前身です。)

日本語学科もあって実践的な教育が行われていたようです。

そのためこの大学出身者はまもなく始まる日露戦争(1904~1905)に従軍したようです。

1902年 ウラジオストクの日本人居住者は約3000人に増える。

(最高時には6000人の日本人がウラジオストクに住んでいたようです。)

1904~1905 日露戦争

1906年 ウラジオストクと福井県敦賀の間に週2便の定期船が就航します。

1912年5月 与謝野晶子がヨーロッパをめざし敦賀港から出発

与謝野晶子の歌「我が泣けば露西亜乙女来て肩なでぬアリヨル号の白き船室」

現在、極東連邦大学の敷地内には与謝野晶子の記念碑があるとのこと。

これもぜひとも見てみたいものです。

記念碑に刻まれている歌がこれ。

「いざ、天の日は我がために 金の車をきしらせよ」

パリにいる夫、与謝野鉄幹のもとへ向かおうとする晶子の情熱的な歌です。

当時は、シベリア鉄道が日本からヨーロッパへの最短ルートだったんですね。

現在では、ウラジオストクからモスクワまで6泊7日で行けるようです。

 

🚄 シベリア鉄道 

Транссибирская железнодорожная магистраль

ウラジオストクからモスクワまでの距離は9288キロ

それを示す記念碑がウラジオストク駅のホームに立っているらしいですね。

「偉大なるシベリア横断鉄道はここに終わる、モスクワからの距離9288キロメートル」

と書かれているみたいです。

現地に行って、ぜひとも、そのロシア語を確認してみたいと思ってます。

 

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2020年1月26日 (日)

ウラジオストク関係の本、出版相次ぐ

今春より、成田空港からウラジオストク行きのJAL、ANA便が就航します。

JALは 2月、3月は日・水・金の週3回。3月末より毎日一往復で就航 機材はボーイング737-800

ANAは月・金の週2回の就航、機材はエアバス A320neo

以上の予定のようです。

その関係でしょうか?

ウラジオストクに関する本が相次いで出るようです。

💢

まずは、これ。

『日本から2時間半で行けるヨーロッパ  ウラジオストクを旅する43の理由

2019/7/19に朝日新聞出版 から出ています。

 

💢

次はこれ。

はじめて旅するウラジオストク

2020/2/13 に辰巳出版から出版されるようです。

 

両方とも買ってみようと思ってます。

ウラジオストク、必ず近いうちに訪れてみたいものです。

 

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2019年10月22日 (火)

「ロマンチック・ロシア」絵画展に行ってきた!

愛媛県松山市の愛媛県美術館でロシア絵画の展示会が開かれています。

10月20日(日曜日)に行ってきました。

「ロマンティック・ロシア」と題し、トレチャコフ美術館所蔵の作品が展示されています。

11月4日までということなので、終わる前に行ってきました。

高速道路を使って3時間足らずで行けます。

地方都市での美術展ですが、予想以上に多くの観覧者がいたと思いました。

今回のメイン作品とも言える、この美術展のポスターにも描かれているのが、

イワン・クラムスコイの「忘れえぬ女」

です。

その絵の下の原題では

Неизвестная  

とありました。

「忘れえぬ女」というよりは

「見知らぬ女」

という意味に近い感じがします。

こちらを眺める謎めいたロシア人女性の絵です。

その他にも多くの作品がありました。

ロシアの自然や風土が感じられる作品が多かったと思いました。

 

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2019年10月 5日 (土)

JALが成田~ウラジオストク線を新規開設

2020年春にJALが成田~ウラジオストク線を新規開設するようです。

毎日運行だとか。

私はまだウラジオストクには行ったことがないので、

このニュースにはおおいに興味アリです。

さらに、

JALと同じワンワールドパートナーであるS7航空を利用することで

極東、シベリアの各地に行きやすくなるのではないかとも思います。

現在の所、

機材は ボーイング737-800 を予定

成田発 11:20 ウラジオストク着 14:45

ウラジオストク発 16:25 成田着 17:40

いつか利用してみたいと思っています。

 

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